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Masayo`s Room

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遺族を代表いたしまして

2021-12-04
11/15・16に執り行われました 弊社会長 故長谷川英之の通夜並びに葬儀告別式において
遺族代表挨拶
 遺族を代表いたしまして、皆様に一言、ご挨拶を申し上げます。私は、故人長谷川英之の長女坂野雅代でございます。
 本日はお忙しい中、父、長谷川英之の通夜並びに告別式に多くの方にご弔問いただきまして誠にありがとうございます。
 父は六人兄弟の五番目として、地元この八幡で生まれ育ちました。早くに両親を見送り、若い時から働き詰めでした。一代で有限会社長谷川設備工業を築き、周りの方々に恵まれ、1979年に創設()した会社は設立()四十年を超えました。筋を通せ、喜んでもらえるような仕事をしろ、暇な時こそ仕事は安く請けろ。せっかちで気が短いけれど、情が厚い父の教えです。
 私たちが子供のころはいつ休むの?というほどの仕事人間だったと思います。仕事にゴルフに一生懸命。お酒が過ぎることもございました。でも年に一度の家族旅行は欠かしませんでした。子供たちには苦労を掛けたくないと、私たちは何不自由なく育ててもらいました。口うるさくて、超が付くほどの過保護。口も出すけれど金も出す。娘婿たちや社員の皆をかわいがり、三人の孫たちのことも溺愛していました。孫命の優しい じいじ でした。
 父は二十一年前に食道癌と下咽頭癌により声帯を失い、その後も心筋梗塞・前立腺癌・大腸癌・耳下腺癌を患い、()と闘い続けておりました。それでも弊社会長として、会社に貢献し続けました。昨年の夏、耳下腺癌の再発から入退院を繰り返しておりましたが、母の献身的な支えで、父の希望通り最期まで自宅で過ごすことができました。亡くなる前日まで「会社を頼む。しっかりやれ。」と会社のことを心配しておりました。
 十一月十一日のお昼頃、家族の見守るなか静かに旅立ちました。享年()七十八歳でございました。
 父を送り寂しさが募りますが、父にしてみれば、やっと長く苦しい闘病生活から解放され、ほっとしている事でしょう。
 パパお疲れ様。ゆっくり休んでね。ありがとう。
 父の宝であったこの長谷川設備工業を、私は父の遺志を継ぎ、はなはだ微力ではございますが、皆様のご期待に添えますよう精進いたします。父同様格別のご指導ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 最後になりましたが、生前賜りましたご厚情に、深く感謝申し上げてご挨拶とさせていただきます。本日は誠にありがとうございました。
 
有限会社 長谷川設備工業
〒326-0824
栃木県足利市八幡町476
TEL.0284-71-0958
FAX.0284-71-5968
管工事業 とび・土工工事業
 
 
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